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金沢地方裁判所 昭和52年(つ)2号 決定

主文

本件請求を棄却する。

理由

(本件請求の要旨)

請求人は、

「被疑者越能一實は、石川県警察本部刑事部捜査第一課機動捜査隊に所属する警察官であるが、昭和五〇年一二月一九日午後一時三〇分ころ、金沢市窪一丁目一四五番地先路上において、同隊所属の警察官六名とともに停止中の普通乗用車内にいる請求人を公務執行妨害の現行犯人として逮捕するに際し、無抵抗の請求人に対し、職権を濫用して右自動車のフロントガラスを所携の警棒で割ったうえ、右警棒で請求人の頭部を殴打するなどの暴行を加え、そのガラスの破片と右警棒により請求人に加療約一週間を要する頭部挫創等の傷害を負わせた、」

との事実をもって、昭和五二年一月二二日付で被疑者を金沢地方検察庁検察官に告訴したところ、同庁検察官は、同月二八日付で不起訴処分に付したが、請求人は、右処分に不服であるから、右事件を管轄地方裁判所の審判に付することを求めるため、本件請求に及ぶ。

(当裁判所の判断)

一  本請求の適否

検察官は、刑訴規則一七一条に基づく意見書において、請求人(以下告訴人という。)の本件請求は、請求権の消滅後にされたものであるから、刑訴法二六六条一号により棄却されるべきであるという。

ところで、告訴人は、本件の前に、本件と同様の請求をし、それが請求期間を徒過した後の請求にあたるということで棄却されたことが記録上明らかである。しかし、この棄却決定により、その際の不起訴処分の正当であったことが司法的に確定されたわけではなく、また、検察官も述べるように、二重の告訴を不受理とすべき法的根拠がない以上、本件が前の請求期間徒過を脱法的に回復しようとする意図に出たものであることが、窺えるからといって、検察官が再度の告訴についてした不起訴裁定に対する本件の付審判請求をもって直ちに請求権消滅後にされた不適法な請求ということができない。検察官の右意見は、これを採用することができない。

二  本件における事実関係

(一)  告訴人が逮捕されるまでの経過

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

石川県警察本部刑事部捜査第一課機動捜査隊勤務巡査部長岡本象七郎、同巡査長谷川吉夫は、昭和五〇年一二月一九日午前一一時ころ、捜査用自動車で警ら中、金沢市窪一丁目一九一番地所在山ノ手荘前空地に、たまたま北村善一から盗難被害届のでていた普通乗用自動車トヨタコロナツードア(石五五な九〇―〇一号)が駐車させてあるのを発見し、その旨を同本部に連絡し、同隊巡査被疑者越能一實(以下、被告訴人という。)を含む七名の同隊警察官は、三台の捜査用自動車に分乗し、同所付近で張込みをするうち、同日午後一時三〇分ころ、告訴人が右盗難被害車を運転して同市窪一丁目一四五番地先路上にさしかかったので、すぐに同車を右捜査用自動車で前後からはさむようにして停止させ、司法警察員巡査部長岡本象七郎外一名が、まず、告訴人に対し、職務質問をするためその運転車両の運転席両側の窓をかるくノックして警察の者である旨を告げて、窓を開けるよう求めたところ、告訴人は、やにわに逃走しようと企て、突如自車を後退させ、自車の後方に停止していた巡査西田章二運転の捜査用自動車(石五五ゆ九九―二八号)に衝突させ、そのいきおいで同車をその後方に停止していた捜査用自動車(石五五ろ九二―二七号)に玉つき衝突させ、次いで告訴人は、自車を前進させ、前方に停止していた巡査長谷川吉夫運転の捜査用自動車(石五五の五六―四四号)の左前部に自車左前部を激突させ、このように、警察官の「止まれ、止まれ」の制止にも耳をかさず、激しく自車の前進、後退をそれぞれ二回もくりかえして警察官自動車の横をすり抜けて逃走を企ったものの、道路右側にあった側溝に自車右側前後輪を逸脱させたため停止を余儀なくされた。そこで、告訴人は、なおも逃走を企図し、いったんは、運転席側窓ガラスを開き、そこから身をのり出させて車外に脱出しようとしたが、車外に待機している警察官によって取り押えられようとするや、これを振り切って車内に引きこもり、あくまで抵抗の構えを示した。前記七名の警察官は、同車をとりかこみ、告訴人の右のような激しい抵抗の模様からして、もはやこれを公務執行妨害の現行犯人として逮捕するほかないものと判断した。

そこで被告訴人は、車窓をロックして、警察官のさいさんにわたる説得にも耳をかさない告訴人を逮捕するには、告訴人のいる自動車の助手席側ドアの窓ガラスを破り、外側から施錠をはずす以外に方法はないと考え、所携の金属製特殊警棒でその窓ガラスを破壊し、そこから中に手を差しこみ、内側より施錠をはずそうとしたが、告訴人から、かえって差しこんだ手を殴る、ひっかくなどの抵抗をうけ、かつまた、最前の衝突の衝撃でドアーが容易に開かなかったところからやむなく同車のフロントガラスを破って、告訴人を逮捕するほかないと考え、前同様フロントガラスを破壊したが、その間に右助手席ドアーを開けた警察官二人が告訴人を車外に引き出したため、他の警察官と共に告訴人を取りおさえ、手錠をかけようとした。その際告訴人は、被告訴人の右手薬指に噛みついたり、さらに他の警察官らを殴る、蹴るなど激しく抵抗を続けたため、近隣民家から借りてきたロープで、手足を縛られるなどしてようやく逮捕されたが、その際、被告訴人、告訴人、警察官らは、別紙一覧表記載のとおりの各傷害を負うようになった。

(二)  告訴人の傷害について

告訴人は、被告訴人より、無抵抗でいるところを、所携の警棒で頭部を殴打され、加療約一週間を要する傷害を負った旨の主張をしている。

ところで、告訴人に対する医師清水進作成の昭和五〇年一二月一九日付診断書によると、病名が顔面、頭部、両小指、手背、両下腿打撲擦過傷ということであり、今後約五ないし七日間の加療を要する見込みであるというのである。これについて、診断をした当時の医師である証人清水進の説明によると、告訴人の頭部の傷害というのは、カルテから見て、左側頭部に長さ二センチぐらいの擦過傷というか打擦撲傷といったもので、この打撲傷もどちらかと言えば、擦過傷に近い、それも、棒のようなもので殴られてできたものとは、見られず、擦りむいたとか転んでできたもののように感じられたというのである。これらの証拠と、前掲の各証拠とを彼此総合して判断すると、告訴人が、被告訴人から所携の警捧で頭部を殴打された結果その主張のような傷害を負ったということは、とうてい認められず、その傷害の部位、程度、症状からしてむしろ、告訴人が当時激しく抵抗し、狭い車内で暴れていた際にできた傷害と認めるのが相当であって、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

また、告訴人は、当時無抵抗のところを、被告訴人らによって手荒く逮捕されたもののように主張しているが、前認定で分かるとおり、告訴人がかえって激しく抵抗し、いわば荒れ狂っているといった状態にあったものであるから、その主張は、全く理由がない。

三  本件請求について

そこで以上の事実をもとに考察するに、告訴人は盗難被害車を運転していたものであるから、警察官がこれを停止させ、いわゆる職務質問を行なうことは、当時の情況上当然の措置であり、その手段、方法が妥当なものである限り、警察官職務執行法二条により許されるところであって、本件において、警察官らに、職務質問をなすに際し、違法、不当と認められる点は何ら窺えず、適法な職務執行を行なっていたものと認められ、それに引き続きなされた告訴人の逃走目的でした自車の運転行為、その際自車を捜査用自動車に激突させるなどの行為は、まさに職務質問をしようとしている警察官に対し、暴行、脅迫でその公務執行を妨害するものと目すべきであって、警察官が告訴人を公務執行妨害の現行犯人として逮捕に着手しようとしたことも、また当然の処置といわねばならない。

告訴人は、被告訴人において、右の逮捕にあたり、職権を濫用して、告訴人主張のような傷害を負わせたと主張している。がんらい、逮捕とは、実力による身体の拘束であるが、必要限度をこえる実力の行使は、もとより許されない。いかなる程度の実力行使が許されるかは、具体的状況に応じ、社会通念に照して決すべきものであろうが、本件のように、警察官に極力抵抗し、かつ自動車を暴走させるなどして逃走の機会をねらい、あるいは、さらに車内に自ら閉じこもるなどしている告訴人を早急に車外に出して、これを逮捕するために、ある程度の必要な処分もやむをえないといわねばならない(刑訴法二二〇条、二二二条、一一一条参照。)。そうだとすると、前認定のとおり、被告訴人が告訴人を逮捕するに際し、その乗車車両の助手席側ドアーの窓ガラス、フロントガラスを破壊するなどの必要処分をしたことは、本件情況下では、まことにやむを得ないものと考えられる。また、被告訴人が、告訴人を逮捕する際警棒等で、故意にその頭部等を殴打した結果、傷害を負わせたという事実も、証拠上これを確認することができず、告訴人の傷害は、むしろ、前記認定のような情況のもとに生じたと考えられる。

以上のとおり、本件は、被告訴人がその職権を濫用して無抵抗な告訴人を逮捕するにあたり、警棒でその頭部を殴打する等の暴行を加え、よって、告訴人に傷害を負わせたものということができず、被告訴人に刑法一九六条の嫌疑がないものといわねばならない。よって、本件請求は理由がないから刑訴法二六六条一号後段により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 向井哲次郎 裁判官 近江清勝 沼里豊滋)

〈以下省略〉

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